知られざる社会保険制度のしくみと歴史を解説!

知られざる社会保障制度のしくみと歴史を解説!

知られざる社会保険制度のしくみ

皆さん就職したら、厚生年金や健康保険に加入することは知っていますよね?

 

厚生年金は、将来の老後の費用のために備える公的年金で、健康保険があれば医療費がかかった時にその治療費や薬代の自己負担が3割で済むのです。

 

同時に、雇用保険や労災保険に加入して、万が一の事態の時にはそれらの保険からも給付が受けられることも常識としてあり、社会人ならごく当たり前のことです。

 

しかし、社会保険制度はいったいどのようなしくみで成り立っており、どういうふうになっているかまで具体的に説明できる方は少ないのではないでしょうか? 

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少しややこしいですが、そのあたりからご説明させていただきますね。  

 

そもそも社会保険とはどのようなものなのでしょうか?生活保護などの福祉(公的扶助)や民間の生保・損保とはどこが違うのでしょうか?専門的には以下のように説明されています。  

 

【病気、怪我、出産、死亡、障害、失業などの生活の困難をもたらす色々な事故に遭遇した場合に一定の給付を行い、その生活の安定を図ることを目的とした保険制度】  

 

私たちの生活は一見して安定しているように見えても、実はリスクだらけです。よほど多額の財産がある人でない限り、病気や怪我になって働けなくなっただけで、収入がなくなり生活に困窮してしまうというリスクがあります。

 

そこで、もし、予期せぬ不運に見舞われた時でも経済的な打撃が極力、少なく済むように掛け金(保険料)を拠出しあって基金をつくるのです。

 

そして、困った時はその基金からの保険給付により経済的に救済するしくみが考え出されました。そんな互助会的な組織がのちに公的な社会保険制度に発展していったのです。

 

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世界初の社会保険制度とは!?

世界初の社会保険制度が創設されたのは、19世紀後半のドイツでした。産業革命によって、急速に工業化を進めていた当時のドイツでは、労働条件が劣悪だったため労働者の不満はピークにたっしており、炭鉱や生産現場では労働争議が頻発して、革命などを考える社会主義運動の機運は高まっていくばかりでした。

 

そのような中で、「鉄血宰相」として君臨していたビスマルクは、労働者の福利厚生を推進するための疾病保険、災害保険、年金保険といった制度を次々と導入することで、社会主義運動を封じ込めようとしました。    

 

 

社会保険制度の発達により、タダで医者にかかれる幸せ

この政策は社会主義運動弾圧と並行して行われたために「アメとムチ」と呼ばれました。最初に導入された疾病保険は、健康保険にあたるもので、雇用主と労働者で保険料を拠出しあい怪我や病気になった労働者は自己負担無しで医者にかかれたり、働けない期間に所得保障をしてくれるという当時にしてはかなり画期的なしくみでした。

 

ただし、税金による公的負担はなく、もともと有志の同業者が集まって作られた共済組合を国の制度に取り入れたことでより広い労働者に行き渡る制度になりました。

 

これにより小規模の共済では実現できなかった更に手厚い給付を可能にしたのです。  

 

災害保険は、現在の労災保険にあたるもので保険料はなんと全額自己負担でした。

 

過酷な労働環境もあり今の労働者と比べて格段に業務上のリスクが高く、労災時事故などの発生は日常茶飯事でした。

 

その責任は本来、雇用主が負うべきであり労働者も保険料負担する健康保険と同じジャンルで適用されるべきではないとされて、業務上の労働災害にのみ対応した労災保険ができたのです。  

 

唯一、年金保険だけは、公費負担が取り入れられました。長期的に働くことができなくなった労働者や、労働によって収入を得ることができなくなった高齢者を対象に、一定の期間、保険料を納めることを条件に年金とういうものを支給するようになったのです。

 

 

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まとめ

この既存の共済を活用した社会保険のしくみは、このような経緯があって、世界中に徐々に広がっていったのです。

 

 私たちの今ある当たり前の社会保障というシステムには、様々な時代背景があり、生まれた歴史があるんです!雑談ではありますが、このような歴史を紐解くことも必要かなと思います。

 

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本日も最後までご覧頂き誠にありがとうございました。

 



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