日本の社会保険制度はそもそもドイツの「ビスマルク方式」というものを採用して作られたと言われています。その最も顕著な例が医療保険制度です。
目次
日本の医療制度の歴史について徹底解説!

企業内共済が健保組合に起因している!?
ドイツでは、同業者により設立された既存の共済組合が国に認められて一定要件を満たしている人を強制加入することにより、社会保険制度の基礎基盤を作ったのと同様に日本においても既存の共済組合を国が認めることにより最初の健康保険制度が1922年にできました。
とは、言えども日本が認めたのはドイツの様に産業や職業別の労働者、事業者が横に連帯して作られた組合ではなくて大企業単体の中に設けられた組合というのが大きな違いです。
企業内組合の共済加入者は、掛け金を負担する代わりに医療保険の他、休業補償や自分が死んだ時に遺族に給付される葬祭費など様々な給付が受けられる仕組みで、一定年数以上勤務した人への退職金や年金まで用意されているところもありました。
この共済に、国が法律で定める組合を設けさせて健康保険を始めたのです。これが、企業ごとに設立される「健康保険組合」という健康保険の始まりです。いわば、大企業が従業員に対して行っていた福利厚生というのを国の社会保険制度に組み込むという形で日本の社会保険制度は始まったということですね。
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医療保険制度における中小企業向けの健康保険の設立!

先述した「健康保険組合」というのは当時、そう簡単に作れるものではなくて限られた力を持った大企業だけで設けられた「健康保険組合」を構築していくだけではより良い社会保険制度というものは作れませんでした。
それがきっかけで国が保険者となってはじめた中小企業の労働者を対象とする健康保険も設立されました。これが「政府管掌健康保険」と呼ばれていたもので現在の「協会けんぽ」にあたりドイツにはない日本独自の仕組みでした。
余談ですが、当時公務員はすでに健康保険制度が始まっていた頃には官庁別の共済組合を設けていたのですが健康保険法の適用外とされていました。これについては、別にあえて健康保険制度の中に組み込まなくても自立して健全的に運営していけるだろうという判断からですが、法律に縛られずに独自の給付の実現が可能だとも捉えることができますね。
上記したものが「被用者保険」と称されるものに部類し、そのうち公務員の共済を除いた健保組合と政管健保を「サラリーマン健保」と呼びます。
当時の医療保険制度では診療すら受けれなかった人がいた!?

さて、上記した方々以外で残るは会社員ではない方に対する保険です。当時の日本の貧しい農民や漁村で暮らす住民は医療費が高額すぎるためほとんどお医者さんに診てもらうことができませんでした。
それに加えて、衛生状態も悲惨なために結核などの伝染病が流行ったのですが、もしかかったとしてもほとんど治療も受けることができずに亡くなっていく方がたくさんいらっしゃったみたいです。
このような当時の現状に対する打開策として取り入れられたのが「国民健康保険」です。健康保険法施行から11年後の1938年に始まったこの制度により、被用者保険に入ることができない方々でもとりあえずお医者さんに診てもらうことができるようになったのです。
しかし、任意の加入だったことと更に医療費の自己負担が高すぎたことにより期待されていたほど成果はあげられずに本格的には第二次成果大戦後、GHQの指導により戦後復興しつつすべての市町村に国民健康保険が整備されて国民皆保険が確立しました。
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まとめ
いかがでしたでしょうか?上記したことが日本の医療保険制度の歩みを大まかにまとめたものです。今現在、福利厚生がある程度整っている日本の現状からしたら考えられない過去があったと思います。
実際にお金がなくて、診療を受けることができずに流行病などで死んでいった方々がたくさんいらっしゃるかと思うと胸が痛いですよね。戦争もなく平和に過ごせる今の日本に感謝しなければならないのかもしれません。
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